会社概要

社長挨拶

 21世紀もすでに十余年経過し経済活動の広がりはますます進みつつあります。その結果、経済活動における循環システムである「物流」も多様化、高度化し、蔭で支える容器・包装資材産業への要求も多岐にわたり、経営環境は厳しさが増しております。
 そのなかにあって、当社は1932年の創業以来80余年にわたり、容器・包装資材の総合メーカとして培ってきた技術力と、ニーズを先取りする営業力を活かし、多様化するお客様の要求に応え、「物流」の一翼を担うことにより社会に貢献できるよう弛まなく努力していく所存でございます。
 今後とも皆様のなお一層のご支援、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。

 

取締役社長  内山 尚毅

 

会社情報

商号 株式会社ニッポー
本社

東京都新宿区新宿5-13-9 太平洋不動産新宿ビル8F ■ 地図はこちら

設立 昭和7年(1932年)8月
資本金 4,280万円 (主要株主 太平洋セメント株式会社
代表者 取締役社長  内山尚毅
事業内容
  • 大型クラフト紙袋の製造販売
  • フレキシブルコンテナの販売
  • 建材品用包装資材、紙器の販売
  • 樹脂製品、段ボールケース、金属缶
    その他包装資材全般の販売
事業所 本社
東日本事業統括部(東京販売、西多摩生産、秩父生産)
西日本事業統括部(福岡販売、福岡生産)
従業員数 108名
主要取引銀行
(順不同)
みずほ銀行新宿支店、三井住友銀行新宿支店、百十四銀行新宿支店
主要得意先
(順不同)
太平洋セメント株式会社、太平洋マテリアル株式会社、秩父コンクリート工業株式会社
株式会社ディ・シィ、奥多摩工業株式会社、太平洋パーライト株式会社……他

 

会社沿革

昭和7年
 (1932年)
「東洋再製袋株式会社」として会社設立(千住、川崎2工場体制でスタート)
東洋紙袋株式会社(注)が世界恐慌の影響で原紙不足に対応するために使用済袋を回収、
再製するために設立した子会社(再製袋は全量浅野セメント社へ納入)として設立
昭和16年
 (1941年)
西多摩工場(浅野セメント社西多摩工場内)操業開始
昭和19年
 (1944年)
浅野セメント社へ経営権移譲
昭和23年
(1948年)
社名を「東洋製袋興業株式会社」に変更
昭和24年
(1949年)
九州協同紙袋株式会社(福岡製袋社の前身)設立
昭和25年
(1950年)
福岡製袋社の経営に参画
昭和30年
(1955年)
福岡製袋社を日本セメント社(昭和22年:浅野セメント社名変更)が子会社化
昭和37年
(1962年)
新袋事業開始に伴い西多摩新工場(現在地)を竣工
昭和43年
(1968年)
糸崎工場新設(日本セメント社糸崎工場内)
再製袋事業から完全に撤退、昭和37年から川崎、大阪、土佐、門司、佐伯の再製袋工場を順次閉鎖、
八代工場を福岡製袋社へ譲渡、一方福岡製袋社では現在地に福岡新工場が完成
昭和55年
(1980年)
フレキシブルコンテナの生産を糸崎工場で開始(その後順次他工場でも生産)
昭和60年
(1985年)
当社を存続会社として福岡製袋社と合併、社名を「株式会社ニッポー」に変更
平成10年
(1998年)
日本セメント社が秩父小野田社と合併し太平洋セメント社発足
平成13年
(2001年)
フレキシブルコンテナ製造中止、関連する八代工場を閉鎖
平成14年
(2002年)
セメント商事社製袋事業(秩父工場:秩父セメント社製袋工場)を買収
平成18年
(2006年)
西日本の生産拠点を福岡工場に集約、糸崎工場閉鎖
平成24年
(2012年)
会社創立80周年

(注)<東洋紙袋株式会社>
 設立時の親会社であった東洋紙袋社は昭和2年(1927年)に、我が国初のクラフト紙袋製造会社として設立され、製品は浅野セメント川崎工場へ納入、国産初のベーツ式多層紙袋によるセメント出荷が開始された。
 同社の全工場が戦災にあった関係で、戦後同社は再建の見込みが立たず解散する結果となり、戦時中に経営権が浅野セメント社へ移譲された子会社の当社のみが存続することとなった。